◆「悲しみの雨と感情の色の先に(The Emotional Colors in the Sad Color's Rain)」...
「先程まで強く降っていた雨が
小止みになり、
傘を畳み始めた人々が行き交う
駅前のカラーチップ専門店では、
今日入荷したばかりだと言う
嫉妬の色が店頭に並べられていた。
店主の話によれば、
国外から安値で大量に売却されて来た
とある作家の著書から抽出されたものだそうだが、
現在C.T.W.(Colour-Trash World)中に出回る
一般的な「嫉妬の色」の市場価格と較べてみても、
かなり高価な値段だった。
「その本は全編に渡って
著者の抱いている嫉妬心に塗れていて
正直、とても読めたもんじゃない代物なんだが、
元の国では何故かベストセラーだったみたいで、
多くの人が物珍しさに買ってみたのはいいものの、
最近になって家の中に置いておきたくなくなったとかで、
手放す人が続出してるようで、
それがまとめてこの世界に入っていた訳さ。
嫉妬の感情なんて誰しも抱いたりするものだが、
これ程までに強烈な嫉妬の色は
滅多に抽出出来る物ではないからさ。
それも一色や二色だけじゃない。
まぁ、中には強すぎるあまり
ドス黒く変色してしまったものもあるが、
それも店頭に並べてある。
話によれば著書が売れて賞を取って、
栄光を始めとした何もかもを手に入れても
嫉妬心が消える事はなかったらしいが、
きっとその強烈な嫉妬心が
本を書く事を始めとした
全ての原動力になっていたんだろうからね。
それはもしかすると他の何らかのエネルギー源として使えるだろうし、
大企業からのまとまった需要もあるんじゃないかと
見越してのこの価格なのさ」
「所で、その著者は一体何に対して嫉妬心を抱いていたのかな?」
「全てさ。この世の中に存在しているもの全てに対して、ね」
店の前のバス通りでは
さっきまで雨と一緒に降っていた
「悲しみの色」が大量に転がっていた。
それは何かの塊のように
形を成しているものもあれば、
水溜りの中で溶けて
道路いっぱいに拡がっているようなものもあった。
丁度駅前を通るバスの車体やタイヤには
幾つもの「悲しみの色」が付着しており
定時運行への支障は無いようだったが、
「車庫に戻ってから
洗い落とすのが大変だな...」と
運転手がぼやいていた。
「ああ、また誰かが泣いていたんだ」
店主が呟いた。
「悲しみの色なんて
この世界に限らず
それこそそんじょそこらに溢れ返っているものだが、
これ程までの強さと濃度の
悲しみの色を降らせるとは、
余程の事があったんだろうなぁ。
まぁ、別に珍しい事では無いんだが、
これだけ強ければ
もしかすると原動力となりうる「悲しみ」も混在しているだろうから、
抽出してみる価値はありそうだな」
本当はこうであって欲しかった。
ああして欲しかった。
そうなって欲しくなかった―
「これ程の強い悲しみの色を降らせる前に
何とかならなかったものなのかな」
「無理だね」
店主に素っ気なく返された。
「何とかするために
時間を巻き戻したい...などと言うのならば、
あそこに居るロケット型タイムマシーンにでも
お願いでもしてみる事だね。
まぁ、時間を巻き戻すのにも
かなりの労力が要る訳だけど。
残酷な事を言うようだけど
起こってしまった事はしょうがない事だし、
狂ってしまった歯車や
こぼれたミルクを
どうにかしようとする事に労力を割くよりは、
思う存分に泣くなり嘆き悲しむなりして
悲しみの色を吐き出した方が
いいだろうな。
そうして気が済んだら
前を向いて
また新しい色を塗り直したりすればいい訳だからさ」
そこまで言ってふいに店主が呟いた。
「そう言えば、あの本達の中からも
微量の悲しみの色が抽出されていたな。
本当に店頭にも出せない程の微量な量だったが―」
この後また雨が強くなるらしい。
路上に拡がる悲しみの色は
そのまま街の色に溶け込んでしまう前に
きっと跡形も無く洗い流されるのだろう。
一足早く雨の上がった地域では
虹が上がっていたとラジオが告げていた」
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A4(210×297)サイズ程に完成後切り取った水彩紙に
水彩絵の具、水彩色鉛筆で描いたもの。
「嫉妬の色」、
こちらのページに拠りますと
英語圏では「緑色」とされているのだそうで、
イギリスの現代口語「Green eyed」は「嫉妬深い」と言う意味なのだそうです。
その言葉を初めて用いたのがシェイクスピアなのだそうで、
「ベニスの商人」、「オセロ」に用いられているのだそうです。
...自分は「嫉妬の色」と言いますと
燃え盛るような赤をさらに暗くしてドロドロとした色(※茶色、マルーンには分類されないような色)を
イメージしておりましたが。